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祝・創立110周年!多くの人に愛されたダイハツの珠玉の名車たち!

2017.03.15
ダイハツ 車
photo by ダイハツ工業株式会社

今年、創立110周年を迎えたダイハツ工業。国内の主要メーカーに比べるとどうしても軽自動車のイメージが強く、マイナーなイメージが付きまとってしまいますが、過去をさかのぼると名車と呼ばれるクルマも多く存在していました。ここでは、そんなダイハツの名車たちを一挙30台取り上げて特集。軽だけではない、ダイハツの魅力に迫ります。

現在の礎を築いたダイハツ號

photo by ダイハツ工業株式会社

ダイハツの歴史は、1907年(明治40年)にまでさかのぼります。輸入に頼っていたエンジンの国産化を実現すべく、大阪工業高等学校(現・大阪大学工学部)の学者や技術者が中心となり「発動機製造(株)」を興したのがルーツです。その後昭和に入ると三輪自動車のニーズが高まり、これに対応すべく発動機製造は自社生産を開始。これが「ダイハツ號HB型」と呼ばれるものです。改良型のHD型では、それまでのチェーン機構に代わりシャフトドライブ機構や差動装置も導入されるなど、非常に意欲的なモデルでした。

日本の経済成長に貢献したミゼット

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敗戦後の1951年(昭和26年)には現在のダイハツ工業に社名を改め、新たなスタートを切ります。そして創立50周年を迎えた1957年(昭和32年)に発売された名車が、ミゼットです。当時存在していた軽自動車免許に目を付け、全国に200数十万件あったといわれる従業員2人以上の小規模事業所・商店をターゲットに開発されました。オートバイ並みの低価格と維持が簡単であったことから大ヒットし、多くのミゼットが街を駆け抜けていく姿は戦後復興のシンボルとなります。

軽商用バンの流れを作ったハイゼット

現在も続いている軽商用車のビッグネームというべき存在が、ハイゼットです。初代は1960年(昭和35年)、ダイハツ初の軽4輪モデルとして登場。乗用車的なバンをコンセプトに、充実した装備で多くのユーザーに支持されました。2代目からはキャブオーバータイプとなり、現在のモデルに通じるスタイリングを手に入れます。電気自動車やハイブリッド車も過去には販売されるなど、ダイハツの先進性を大きくアピールするモデルでもありました。

 目指したのは軽のクルーザー、アトレー

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ハイゼットの乗用バージョンとして、1981年(昭和56年)から販売されているモデルがアトレーです。基本的なホワイトボディは、ハイゼットと共通のものを採用。当時のRVブームに乗って、販売台数を増やしていきました。途中1,300cc7人乗りの「アトレー7」なども発売されてトヨタにもOEM供給されましたが、現在は消滅。現行型は2005年(平成17年)より発売が開始された5代目となり、ロングセラー車種となっています。

ファニーな外観で今も人気のミゼットⅡ

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小口配送に焦点を絞った初代ミゼットの再来といわれたクルマが、ミゼットⅡです。1996年(平成8年)から2001年(平成13年)に生産・販売されました。ボディタイプはトラックタイプとカーゴタイプの2種類があり、それぞれに4速MTと3速AT仕様が選択可能でした。快適性とは程遠いクルマでしたが中古車市場では現在も人気が高く、軽量なことから軽自動車をベースに行われる草レースの車両としても使用されることがあります。

軽自動車馬力競争の要となったフェロー

photo by ダイハツ工業株式会社

ハイゼットで軽4輪車のノウハウを学んだダイハツは、1966年(昭和41年)に念願であった軽乗用車のジャンルに進出します。そのダイハツ初の軽乗用車が、フェローです。国産車初の角型2灯ヘッドライトを採用したボディはスクエアなもので、スペース効率にも優れていました。エンジンは商用車からコンバートされた2サイクル2気筒356ccを搭載、最高時速は100km/hを誇りました。ここから、軽自動車のパワー競争が激化したのです。

フェローシリーズの変わり種フェローバギィ

photo by ダイハツ工業株式会社

1960~70年代は、実に多種多様な軽自動車が生まれていった時代でした。その中でもひときわ異彩を放つモデルが、1970年(昭和45年)に北日本を除く国内にて100台限定で販売されたフェローバギィです。名称にフェローと付いてはいるものの、フェローシリーズとはかけ離れたビーチバギーのような外観が大きな特徴。エンジンは信頼性の高いフェロー譲りのシングルキャブユニットを搭載し、軽量ボディと相まって高い走破性を確保していました。

現在も続く一大ブランド、ミラ

数々の派生車種を生み出し、軽自動車界をリードし続けるダイハツの看板車種がミラです。スズキ・アルトをライバルに据え、初代が登場したのは1980年(昭和55年)のこと。それ以降も、アルトとは販売で熾烈な争いを繰り広げていくことになります。ターボや4WDといった先進技術にも積極的に取り組み、一時代を築き上げました。法人ユーザーなどからもその扱いやすさから圧倒的な支持を得ており、ダイハツにとって不可欠な存在です。

打倒セルボに燃えたスペシャリティ、リーザ

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軽スペシャリティの先駆けであったスズキ・セルボの対抗策として登場したのが、リーザです。若い女性をターゲットにしたそのスタイリングは、まるで2シーターのような高いパーソナル感で話題となりました。軽自動車としては初となるフルトリム張りのインテリアが採用されるなど、軽自動車にありがちな実用車感を徹底的に排除。モデル末期には「スパイダー」と呼ばれるオープンモデルも設定され、存在感を声高にアピールしました。

高級感にあふれたパーソナル軽、オプティ

リーザで構築した軽スペシャリティの世界観をさらに具現化したモデルが、オプティです。リーザ同様ミラの上級車種という位置づけで、1992年(平成4年)にデビューしました。「超・ラブリー」をコンセプトにしたその愛くるしい外観は、前年の東京モーターショーでお披露目された「X-409」ほぼそのもの。高い静粛性と質感を誇り、軽の枠を超えたとも評価されます。この流れは2代目でも継承され、軽スペシャリティの定番車種となりました。

軽ハイトワゴン界に新風を吹き込んだムーヴ

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1993年(平成5年)に発売されたスズキ・ワゴンRは、現在も続く軽ハイトワゴンの流れを作った革新的なモデルでした。これに対抗すべくダイハツが送り出したのが、ムーヴです。初代はアルファ ロメオ・155やフィアット・ティーポをデザインした、イタリアのデザイン会社I.DE.Aがスタイリングを担当したことが話題となります。現行モデルは6代目となり、高い安全性と効率に優れたパッケージングを武器にダイハツの屋台骨を支えています。

軽ハイトワゴンへのアンチテーゼ、ネイキッド

ムーヴの発売で盛り上がりを見せる軽自動車市場でしたが、画一化されてしまい面白味に欠ける部分も存在していました。そんな中で登場したのが、ネイキッドです。「自由自在にクリエイティブカー」をコンセプトに、ユーザーがまさにプラモデル感覚でクルマをカスタマイズできる点が新たな試みでした。当時のメディアからは好意的に受け止められましたが市場の反応は冷たく、後継モデルも出ないまま1代限りで終わってしまいます。

「軽のGTカー」の異名を持つソニカ

photo by ダイハツ工業株式会社

ムーヴの登場で、一気に火が付いたハイトワゴン人気。一方で重心が高くなってしまい、運転する悦びというものが希薄になってしまいました。そうした状況から生まれたクルマが、ソニカです。伸びやかなワンモーションフォルムは、軽自動車であることを感じさせない優れたものでした。ロングドライブに非常に向いたキャラクターで、メディアでは「軽のGTカー」と評されることもありました。ぜひ復活してほしい、ダイハツの名車の1台です。

スーパーハイトワゴンブームの火付け役タント

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限られた寸法で、いかに広さを稼ぎ出すか。現代の軽自動車ではそれが至上命題となっていますが、そこで新たなブレークスルーを果たしたのがタントです。従来のハイトワゴンとは違い、さらに全高を稼ぎ出し「スーパーハイトワゴン」という新しいジャンルを構築しました。2代目からは助手席側に軽自動車初となる、ピラーレスとスライドドアを組み合わせた「ミラクルオープンドア」を採用。技術的なアイコンとして、現行型でも継承されています。

軽オープンモータリングを復活させたコペン

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1991年(平成3年)に登場したホンダ・ビートによって花開いた、軽オープンカーの歴史。当時ダイハツはリーザスパイダーで対抗しましたが、商業的には成功しませんでした。この反省を踏まえ、本格的なオープンカーとして生まれたのがコペンです。クーペの快適性とオープンカーの爽快感を両立したリトラクタブルハードトップは、軽自動車とは思えないクオリティを手にすることに成功しました。ダイハツのイメージリーダー的存在です。

初のオリジナル乗用車Bee

オート3輪で確固たる地位を築いたダイハツが、次に狙ったのは本格的な乗用車の生産と販売でした。そんな中企画されたクルマが、Bee(ビー)と呼ばれる3輪2ドアのセダンです。独立した低床シャシーに木骨ボディを架装しており、強制空冷OHV・4サイクル水平対向2気筒540ccエンジン(804ccエンジンもあり)が搭載されていました。ただ駆動系に致命的な脆弱性を抱えており、一般消費者にほとんど流通することはなく1年ほどで姿を消します。

待望の4輪小型車となったコンパーノ

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軽商用車で一定の成功を収めたダイハツが、1963年(昭和38年)に市場に送り出したのがコンパーノです。アルフレード・ヴィニャーレがデザインを手掛け、バランスの取れたスタイリングが特徴となりました。ラインナップも充実しており、バン、ワゴン、セダン、コンバーチブルなどが発売されています。これを可能にしたのが、あえて採用したラダーフレーム構造。モノコックでは難しい、派生車種への展開のしやすさをダイハツは取ったのです。

 トヨタとの協力で実現したコンソルテ

1967年(昭和42年)、ダイハツはトヨタ自工(現・トヨタ自動車)と業務提携を行います。この流れで誕生したクルマが、コンソルテとなります。今でいうところの「パブリカのOEM車」という位置づけになるでしょう。しかしエンジンをダイハツで自社開発したり、生産もダイハツ池田工場で行うなど、かなり力の入ったモデルであることも伺わせました。ちなみにコンソルテとは「提携」を意味し、トヨタとの協力が良好なものであることをアピールするものでした。

上級車の仲間入りを果たしたシャルマン

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コンソルテで開拓したユーザー層の次なる要望は「もっと高級感のあるクルマが欲しい」というものでした。これに応えるべく開発されたクルマが、シャルマンです。E20型カローラをベースとしながらも独特のデザインを持ち、初代はまずまずの販売実績を収めます。しかし2代目では設計面の古さが目立ち、販売は苦戦。この代で販売を終了しました。21世紀に入ると、ドリフト競技である「D1グランプリ」に参戦。一躍話題のクルマとなります。

風評被害を受けた、悲劇の名車アプローズ

1989年(平成元年)、ダイハツは初の自社開発によるセダンを世に送り出します。それがアプローズです。「喝采」を意味するこのクルマの特徴は、何といっても「スーパーリッド」と呼ばれる、大きく開くリアトランクでした。機能性に大変優れたクルマとして発売当初の評価は上々でしたが、ほどなくしてリコールが頻発。マスコミからのバッシングを受け、クルマを知らない層にまでネガティブな面だけが知れ渡るという、まさに悲劇の名車でした。

軽自動車でのノウハウを活かしたシャレード

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これまでの軽自動車づくりでの知見を活かし、コンソルテの後継車として発売されたのがシャレードです。「5平米カー」というキャッチコピーで、広い室内と合理的なレイアウトを売りにしていました。当時既に過去の技術といわれていた3気筒エンジンを革新の技術で表舞台に出した功績は大きく、このクルマの先進性を物語っています。小排気量のディーゼル車を発表するなど、発動機メーカーをルーツに持つダイハツらしさが前面に出た優れた名車でした。

モータースポーツでも活躍したストーリア

シャレードの事実上の後継車となるクルマが、ストーリアです。ごく普通のリッターカーという手堅い造りが、逆に発売当初は新鮮に見えました。このクルマの存在を何よりも鮮烈に印象付けたのは、ホットモデル「X4(クロスフォー)」の存在です。過激な特性の小排気量エンジンと軽量ボディを活かし、国内のラリーやダートトライアルで大活躍。地方戦などでは、現在も活躍する姿を見ることができます。この流れは、ブーンX4に継承されました。

 21世紀によみがえった韋駄天YRV

2000年代初頭に入ると、コンパクトRV市場が活気づいてきます。これに対応すべく送り出されたクルマがYRVです。一見変わったネーミングは「Youthful(若々しい)」「Robust(たくましい)」「Vivid(活気あふれる)」という、それぞれの単語の頭文字を取ったもの。ターボエンジン搭載車はその名のとおり、パワーあふれる元気な走りが魅力的でした。トヨタへのOEM供給も噂されていましたが、結局それが叶うことはなく1代で消滅します。

 ニッチな市場に着目した本格4駆タフト

軽4輪であるスズキ・ジムニーと三菱・ジープの中間を埋めるかたちで発売されたのが、タフトです。1974年(昭和49年)の登場時は1リッターのガソリンエンジンのみの設定でしたが、4年後に行われたマイナーチェンジにより1.6リッターガソリンエンジンと2.5リッターディーゼルエンジンが追加されます。この変更でタフトは本格クロカン4駆の仲間入りを果たし、トヨタにも「ブリザード」という名前でOEM供給を行っていました。

 ロングセラーの後継を担ったラガー

10年にわたって生産されたタフトの後継車として1984年(昭和59年)に誕生したのが、ラガーです。まずは商用モデルであるバンから販売され、その後乗用モデルのワゴンがデビューしました。ラガーもタフト同様ロングセラーモデルとなり、イタリアのベルトーネとライセンス契約を結び「フリークライマー」という名で販売。BMW製のエンジンが搭載されたターボディーゼルモデルは日本にもごく少数ながら輸入販売されていた実績があります。

ライトクロカンの先駆者ロッキー

スズキ・エスクードが構築したライトクロカンというジャンルに参入すべく企画されたクルマが、ロッキーです。本格的なラダーフレームを採用し、兄貴分のラガーにも負けない走行性能を確保したのが特徴でした。さまざまなフォロワーが現れましたが、特にトヨタ・RAV4は強力なライバルとなりました。そのトヨタとは提携関係にあったため、市場での台数調整を余儀なくされてしまいます。時代に翻弄されたクルマといってもいいでしょう。

 見かけによらず本格派のテリオス

ラガー、ロッキーの実質的な後継車となったコンパクトRVが、テリオスです。オフロードや雪路での走破性を高める(容量の大きいトランスミッションやトランスファーを効率よくレイアウトする)ためにエンジンが横置きとなっているのがポイントとなっています。このことから信頼性が高く、官用車としても多く用いられていました。軽自動車版の「テリオスキッド」やトヨタへのOEM車「キャミ」など、派生車種が多いのも特徴です。

 コンパクト4駆を守り抜いたビーゴ

photo by ダイハツ工業株式会社

ライバルたちが大型化していく中、唯一コンパクトを守り抜いた稀有な存在がビーゴです。センターデフ(ロック機構付き)を備えたSUVとしての悪路走破性の高さはそのままに、コンパクト2ボックスやステーションワゴンとしての実用性や広い室内空間はダイハツのコンセプトが間違っていないことを証明するには十分なものでした。欧州ではテリオスの2代目として販売され、トヨタからは「ラッシュ」の名で販売されていたことも有名です。

トラック、バン、ワゴンと幅広い守備範囲を誇るデルタ

トヨタと業務提携をしたことによりダイハツはトヨタと商用車を共同開発し、ダイハツの工場で生産することになります。この流れから生まれたクルマが、デルタです。トラックはダイナの兄弟車として、バンはニューラインの後継車として発売が開始されました。1976年(昭和51年)にはワゴンも発表され、人気車種となります。その後トラック、バンともにトヨタからOEM供給を受けることになり、21世紀初頭まで販売が続けられていました。

 ダイハツ 久々の本格ワゴン、パイザー

4代目シャレードをベースに、ハイトワゴン風に仕立てたクルマがパイザーです。自社生産のワゴン車としては、コンパーノワゴン以来実に27年ぶりとなります。ダイハツが本来得意とする凝ったメカニズムはありませんでしたが、CM効果や広い室内と充実した装備から発売当初は好調な滑り出しを見せました。しかし世間の「ダイハツ=軽自動車のメーカー」というイメージをなかなか払拭することができず、1代6年で生産を終えてしまいます。

 いずれも先見の明がある名車揃い

このようにダイハツのクルマたちは、ブームを常に先読みしてまったく新しいジャンルを築き上げてきました。最近は品質や信頼性も非常に高く、既成の枠にとらわれない自由なクルマづくりをしているところが大変魅力的です。また昨年からはトヨタの子会社となり、市場からはさらなるシナジー効果が期待されています。今年は東京モーターショーの年、ここでどのような私たちを驚かせるコンセプトカーが現れるのか、今から非常に楽しみですね。

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