戦力外通告を受けた男、高森勇旗が語るトライアウトの舞台裏

戦力外通告を受けた男、高森勇旗が語るトライアウトの舞台裏
     
   

シリーズ月刊高森は、元横浜ベイスターズの高森勇旗氏がここでしか読めないエピソードについて語る企画です。第6回の今回は、自身も経験した戦力外通告について、当時の心境やトライアウトに至るまでを語っていただきます。

第1回
「プロ野球選手っぽくある」ことも意外と大変。元ベイスターズ高森 勇旗が語る野球×車 秘話
第2回
「買う・乗る・語る」だけが車じゃない。高森勇旗だけが知っている助手席のエピソード
第3回
「一般人は決してプロ野球選手と焼肉に行ってはいけない」元首位打者 鈴木尚典と一晩で7500kcal食べた話
第4回
【投手野手別】こんな選手はプロでも通用する。数字や見た目にだまされない甲子園球児の伸びしろの見つけ方
第5回
野球選手ケガ多すぎw元プロ選手高森「原因は◯◯だ!」

プロが生まれ、プロが去る月

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Photo By Silveira Neto

プロ野球にとって、10月はとても大切な季節です。
それは、大きなイベント3つあるからです。

1つ目は、クライマックスシリーズから日本シリーズ
一年間かけて戦ってきた集大成が、この10月です。ここで全てが決まります。1試合1試合が非常に重く、プレッシャーも相当かかりますから、見ている側も普段とは違う緊張感を感じ取ることができます。

2つ目は、ドラフト会議
1年間のうちに、1日だけ、プロ野球選手になれる日があります。それが、ドラフト会議。全野球少年の夢でもあるこのドラフト会議で、100人弱のアマチュア選手プロ野球選手になります。””が叶う瞬間に立ち会えることはそうありません。

その瞬間、様々な人間ドラマが交錯し、見ている側も自分ごとのように喜ぶことができますね。

そして3つ目、戦力外通告です。

入ってくる選手がいれば、出て行く選手もいます。毎年100人の選手が入ってくるということは、100人の選手が出て行くということです。”クビ”になるという事実が、新聞に書かれたり、メディアに取り上げられるということは、通常ありえません。これも、プロ野球選手ならではの体験ですね。見ている側にも、様々な感情を引き起こします。

僕は、上記3つのうちの2つを経験しました。
今回は、「戦力外通告」について書きたいと思います。

覚悟を決めていた10月1日

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Photo By mrhayata

戦力外通告」というのは、来季の戦力の構想から外れ、契約をしないという旨を告げられること、つまり、”クビ”です。通告をされた選手は、来季そのチームでプレーすることは例外を除き、ありません。戦力外通告の解禁日は決められていて、第一次通告は10月1日です。つまり、この日、もしくは前日に電話がかかってきた選手は、その時点で察するわけです。僕の場合も例外ではありませんでした。

9月30日に2軍の全日程が終了し、1日の休みを挟んだ後、10月2日から練習再開というスケジュールでした。

10月1日。休日で家にいたところ、携帯電話がなります。相手は、まず電話などかかってくるはずのない球団のスタッフ

「明日、10時45分に来てくれる?」

チームで決められた練習開始時間は10時。10時45分に来てくれ、というのは、つまり、練習とは別に何かがあるということですね。どれだけ勘が悪い人でも、さすがに分かるでしょう。

 翌日、寮の応接室に通され、高田GMから通告を受けます。

「来季は契約をしないということになった」

非常に短い会話です。というか、それ以上の言葉をお互い望んでいません。

その後、トライアウトを受けるかどうかの確認があります。受けるのであれば、参加登録などの作業はやっておく、とのこと。受けることを伝え、部屋を出ます。ここまで約10分。非常に早いです。ここで揉める人というのはあまり聞いたことはありません。

もとより、プロ野球選手なった時点で皆その日が来ることを覚悟しています。何てことはありません。

最後の試合、トライアウトに挑むまでの日々

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Photo By Ms. Phoenix

そこからトライアウトまでの時間はどうするのか。

球団によって違うそうですが、当時のベイスターズの場合、グラウンドもトレーニング施設も自由に使ってよく、何不自由なく練習ができました。これに関しては本当に感謝です。ものすごく充実したトレーニングを積んだことをよく覚えています。

今では楽天イーグルスの中継ぎピッチャーとして大活躍している福山投手も、僕と同時に戦力外通告を受けているので、よく対戦して勝負勘を磨いていたものです。(最後の方は真剣勝負をしていました。後にオールスターに出場するような選手なので、それはすごいボールを投げていました。ま、結構打ちましたけどね)

充実したトレーニングと将来への不安

トライアウトまで、約1ヶ月半。この期間は、充実と不安の連続です。
まず、この期間に感じていたことは、圧倒的なストレスフリーです。決められた時間にグラウンドに行かなければならないということもない。自分で決めたメニューを終えたら、帰ってもいい。何のストレスもない、爽やかな日々でした。

一方で、夜一人になると、急に不安が襲ってきたりします。
トライアウトというのは、非常に狭き門です。実際僕が受けた時は、約70人が受けて、プロ野球に復帰できたものは確か1人

多くの場合、トライアウトを受ける前に決まっていたりしますから、受けている時点でほとんど見込みはありません。よって、トライアウトに向けて調整することと同時に、辞めた後のことを考えなければなりませんね。これが、意外とすごいプレッシャーになります。

「もしダメだった時のことを考えなければ」

「でも、そんなことより今はラストチャンスに集中したい」

「でも、もしダメだったら、そこからじゃ遅いのではないか」

「そもそも、トライアウト受けている時点でかなり確率は低い…」

「いや、そんなことより練習しなければ

ひたすら続く自問自答。
トライアウトまでの1ヶ月半で、僕は大きく成長したと思います。

最高の引退試合

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Photo By peter

迎えた当日。
仙台で開催だったため、前日に入り、当日はホテルから向かう。ユニフォームから道具から、全て自分で用意していくため、車に大荷物を積み込んでの球場入り。着替えてウォーミングアップをします。

9時半。トライアウトの主催者から、1日のスケジュールを発表されます。ルールは、試合形式スタイルでピッチャーは打者4人と対戦する。カウントは全て1ストライク1ボールから。トライアウト参加者約70名のうち、約50は投手でしたから、野手は7打席くらい回ってきます。独特の緊張感の中、始まります。

 意外と知られていませんが、僕はトライアウトをキャッチャーで受けています。キャッチャーで受けるとなると、相当難しいですね。何が難しいというと、ピッチャーとのサイン合わせです。

もちろん、見たことも受けたこともないピッチャーと、即席でバッテリーを組むわけですから、登板前のマウンド上でサインを決めます。わずか1分ほどの間に、です。スライダーがどこまで曲がるか分からない、フォークがどのくらい落ちるかわからないまま、サインを出さなきゃいけないのです。これ、本当に難しい。

ピッチャーにとっても、バッターにとっても最後の勝負になるかもしれない。正直、配球なんてありませんよね。アウトコースのストレートと、一番自信のある変化球。それ以外のサインはいりません。

トライアウトの勝負というのは、普段の勝負を超えた、「悔いの残らないことだけをやる」という、特殊な勝負に感じます。

僕はこのトライアウトでホームランを打ちました。

最後の最後で、もの凄い当たりでした。左中間へ弾丸ライナー。そんな打球、今まで打ったこともないような打球です。今でも、あの感触は忘れません。

トライアウトは、やはり独特な緊張感に包まれていますが、やっている僕からすると、最高の雰囲気でした。なぜなら、お客さんの声援が、全員を応援するものだからです。ピッチャーが代わるたびに、「ナイスピッチ!」「お疲れさま!」という声が飛び、誰が打っても、拍手がなります。

「あぁ、なんて素晴らしい雰囲気の中で試合ができるんだろう」

暖かい気持ちに包まれながら、プロ野球選手としての”最後の試合”を心から楽しみました。

最後の試合に臨む者

日本一を決める戦いの裏で、新たにプロ野球選手になる喜びの裏で、今年もひっそりと、最後になるかもしれない試合に臨む者たちがいます。

その戦いも、プロ野球の醍醐味です。

12球団合同トライアウトは、11月10日、静岡草薙球場で行われます。

ぜひ、足を運んでみてください。

来シーズンからのプロ野球観戦に、グッと深みが出ますから。

高森勇旗プロフィール画像
高森 勇旗
1988年5月18日生まれ。2006年横浜ベイスターズに入団。背番号は62(2007-2012)。2013年から社会人野球のエスプライド鉄腕に加入。現在はスポーツライターとしても活躍中。『イキなクルマで』では月刊高森企画として元プロ野球選手だから語れる「プロ野球選手×車」についての様々なエピソードを連載していく。

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