彼に会うきっかけとなったのは、友達が開催してくれた合コンだ。そこに集結したメンバーは国際弁護士や経営者となかなかハイスペックな顔ぶれだった。
そこに現れたのは、資産数百億?のファンド運営会社社長、39歳。
主催者の女の子から聞いていた話だと、大手外資系投資銀行に勤めていた彼は、アジアトップのトレーダーとして数千億単位の運用を任され、現在は自身でファンドの会社を立ち上げ、その業界では凄腕として知られているようだ。合コンの場に現れた彼は中肉中背で、決してイケメンとは言い難いが、39歳の彼は明らかに同世代の男性と比べて肌と髪の艶がいい。さぞかし毎日美味しいものを食べているのだろうと想像した。
後日、何度か夕食に誘われたので、2月のある土曜の夜に待ち合わせをした。お互い自宅が近いこともあり、彼がマンションの前まで車で迎えに来てくれた。その車は、マセラティのクアトロポルテ。ランボルギーニやフェラーリほどエッジは効いていないものの、派手すぎない上品な佇まいを感じる。洗練された大人な伊達男、とも言えようか。エンジン音の大きさは、車体が持つしなやかな曲線からは想像も出来ない。
マセラティに乗る男を見ると、一瞬でこんな想像が頭の中を過る。
「プライドの高い、くせ者エリート男」
年収:1500万以上~5000万程度
職業:中小企業の経営者、医者、弁護士、外資系トレーダー
性格:人とは違うことが好き。プライドが高い。
中古でも1500万程するものもあるし、維持費の高いマセラティをわざわざ買うとなると、それなりの収入が必要だ。ランボルギーニやアストンマーチン、フェラーリだって買えるだろうに、そこでわざわざマセラティを購入するのは、「他と俺は違う」というエリート意識が高いオトコが多いように思う。色気のある妖艶なエクステリアに対して唸るようなエンジン音という意外性を擽られるところも、若干変態なのかも(笑)
横に座る彼のファッションはというと、時計はGaGa MILANOにジーンズはHYSTERIC GLAMOURとかなり若め。こりゃ相当若作りというか、癖の強さを感じるな・・・。
その日は病み上がりの私を気遣ってくれてか、連れてってくれたのは、西麻布にある九州系和食料理店。ビルの3階にある隠れ家的な一軒で、3階まで階段を上がって中に入ると、カウンター席に案内された。目の前ではご主人が黙々と下ごしらえをしている。
食事は100%外食で済ませるという彼は、港区を一切出ないらしい。西麻布、麻布十番、六本木辺りでほぼ完結してしまうと言うのだ。お勧めのレストランを聞くと、寿司ならここ、イタリアンならあそこ、とどこもミシュランに掲載されている高級料理店ばかり。ワイン好きの彼は、ワインについて語れるような聡明な女性がタイプなようなのだが、残念ながらワインが詳しい女性には少なくとも都内ではあまり会ったことがないという。
マセラティに乗る男は、エリート意識が高い?
さて、よくよく話を聞いてみると、彼はそこまで車自体には興味が無いそうだ。なのに、何故わざわざマセラティに乗る必要があるのだろうか。
『僕くらいになると、もうベンツとかBMWとかそういうのは乗ってきたわけで、かといってフェラーリとかランボルギーニみたいな、いかにも車オタクみたいなのはちょっとね。これまでの生活レベルを落とさない為に乗ってるようなもんだよ』
―うわ、出た。「俺は他とは違う」発言!やはり、他の高級車も買おうと思えば買えるが、敢えてマセラティを選ぶ男には何か強いこだわりとエリート意識を感じる…。
さて、そんな彼の普段の生活はというと、話を聞いていると何とも優雅な生活だ…。
『大体ゴルフかな。基本的に誘いは断らないから、結構先の週末までゴルフで予定埋まってるし、夜はよく飲み会に顔を出すよ。会社勤めではないから、平日は市場の取引が始まってからの数時間で仕事を片付けるし、その後はジムに行って筋トレしたり、ゴルフの練習に行ったり。まあこれでも色々忙しくしてるんだよ』
ところで、トイレに席を立ち戻ってくると、彼が食い入るようにしてスマートフォンを見ている。何をしているのか尋ねると、「パズドラ」だそう。
「ちょ~っと待ってね~。この回だけ終わらせてもいいかな?」
―ま、まさかのデート中にパズドラって・・・。初デート中に自分の時間に入りこんじゃう感じで一気に冷める。プライドが高いのは別に良い。でも、さすがに初デートでパズドラに付き合わせるって協調性というか、思いやりがなさすぎじゃない(笑)
手に入れられないものは、無い。独身貴族の望む物とは…?
この人とはもう2回目のデートも考えものだなと思いつつ、メインの名護桜豚のしゃぶしゃぶが来たタイミングで、今一番欲しいものは何か聞いてみた。経済的には何でも手に入れられる彼が欲しい物って何?、と素朴な疑問として浮かんだからだ。
メインの名護桜豚のしゃぶしゃぶが来たタイミングで、素朴な疑問として今一番欲しいものは何か聞いてみた。
『ん~。欲しいものか。特別欲しいものはないな…。僕くらいになるとね、自分に無いものとかお金で買えないものに価値があると思うから、自分より背の高い女性もそうだし、芸術的な何かを持っている人とか、自分の領域じゃないものには魅力を感じるね』
―『僕くらいになると』っていう言葉の節々にプライドの高さが見え隠れするんだけど(笑)こっちもそのプライドを傷つけないように話をしなきゃいけないのが結構大変なのに気付いて。まあ、欲しいものが無いのは贅沢な悩みだけど、女性関係に関しては理想が高くていつまでも満足しなさそう、とお節介なことを心の中で呟いた。結婚願望もそこまでないようだし、まさに「独身貴族」という言葉がしっくりくる。
この日は、「もう1杯どう?」の一言を軽く交わし、家まで送り届けてもらった。この人はご飯係にして、美味しいところに連れていってもらえればいいや…(女子はこういうこと普通に考えてます)
後日、偶然にも街で信号待ちをしている白のクアトロポルテを見かけた。その時、助手席に綺麗な黒髪の女性を乗せているのがそのエリート男だったことは、ここだけの話にしておこう。
「自分に無いもの」を持つ理想の女性を思い描き、求め、彼は今日も都内を彷徨っているのだろうか――