fbpx

ホンダのコンパクトスペシャリティ、インテグラの歴史を振り返る!初代クイントインテグラからいまだ人気の高いDC2/5のタイプRまで!

ホンダのコンパクトスペシャリティ、インテグラの歴史を振り返る!初代クイントインテグラからいまだ人気の高いDC2/5のタイプRまで!
     
   

出典元:https://www.honda.co.jp/auto-archive/integra/3door/2006/photo-lib/photo06.html

シビックとアコードの中間モデルとなるインテグラ

出典元:https://www.honda.co.jp/auto-archive/integra/3door/2006/photo-lib/photo07.html

2017年に7年ぶりに日本に再登場したシビックとアコードの中間にあたるモデルであるインテグラは、かつて一世を風靡したともいえるほどヒットしたホンダの誇る名車です。

1985年に誕生し2006年にその姿を消すまでの21年の間、激変した時代に合わせてその姿を変えながら多くのファンに愛され続けました。

ここではインテグラの歴代モデルについてご紹介します。昭和、平成の時代を彩った名車の歴史をご覧ください。

クイントの後継モデルとして登場した初代クイントインテグラ

出典元:https://www.honda.co.jp/news/1985/4850219.html

3つのボディバリエーションとリトラクタブルヘッドライト採用

1980年に登場したクイントはアコードとシビックの中間的な役割を担う存在として導入されたモデルです。

このクイントの初めてのフルモデルチェンジが1985年に行われますが、クイントは商業的に成功したとは言い難い存在だったためクイントインテグラとモデル名を改めてのデビューとなりました。インテグラの歴史はここから始まります。

まず3ドアクーペが登場し、その後初代クイントと同じボディタイプの5ドアハッチバック、4ドアセダンがラインナップされることになります。

この頃ブームともいえるほど人気のあった格納式のリトラクタブルヘッドライトが採用されました。

当初は全モデルDOHCエンジン(ZC)搭載

この初代は、登場した当時の1985年頃にははまだ珍しかったDOHCエンジン(ZC型)を全グレードに搭載していたことで話題をさらいました。

CMでも前面にDOHCエンジン搭載を打ち出され、スポーツモデルの象徴的パーツでもあったリトラクタブルヘッドライトとDOHCエンジンの搭載の相乗効果で非常にスポーティで性能の高さを感じさせるこの初代モデルは、車好きの熱い視線を浴びる存在となったのです。

エンジンといえばホンダ、そのプライドがこの時代からもしっかりと感じられますね。

アキュラブランドの第二弾モデル

アメリカにおけるホンダの高級車ブランドであるアキュラは1986年に開業しましたが、初代モデルはレジェンドに続いてアキュラ第二弾モデルとして北米市場に導入されました。

アキュラ専用のフラッグシップモデルとして鳴り物入りで導入されたレジェンドに続くモデルに選ばれたということは、初代モデルにそれだけホンダが自信を持っていたことの表れともいえるのではないでしょうか。

自動車業における先進国であるアメリカにも十分通用する車として、この初代モデルは選ばれたのでしょう。

VTECエンジンが初搭載された2代目インテグラ

出典元:https://www.honda.co.jp/news/1989/4890419.html

3ドアハッチバッククーペと4ドアハードトップ

初代の登場から4年後の1989年、平成元年にあたるこの年にフルモデルチェンジが行われ名称がインテグラのみになりました。

ボディタイプは先代の3タイプから2タイプに変更され、3ドアハッチバッククーペと4ドアハードトップセダンというラインナップに。

CMには当時大ヒットしたハリウッド映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズの主人公を演じたマイケル・J・フォックスが起用され、「カッコインテグラ」「調子インテグラ」などの通称で親しまれたモデルです。

当時は空前の4ドアハードトップブームの真っただ中。その追い風もありこの2代目は大ヒットモデルとなりました。

VTECエンジン(B16A)を初搭載したXSi

初代モデルは全車にDOHCエンジンを搭載していることで話題を呼びましたが、この2代目はホンダの誇る可変バルブタイミング・バルブ機構のVTECエンジンを初めて搭載した記念すべきモデルでもあります。

搭載されたB16A型のVTECエンジンは1.6Lで160psを発揮し、初のリッター100馬力を達成。これは当時としては驚異的な高性能エンジンといえるでしょう。

この頃のNAエンジンの標準的な馬力は80程度であったといいますから、いかに凄いエンジンであったかが察せられますね。

このVTECエンジンでホンダは「エンジンのホンダ」として改めて世界に認識されるようになります。

上皇陛下の愛車

この2代目は上皇陛下がプライベートにおいて長い期間にわたってご愛用されていた車としてもよく知られています。ご愛用モデルはグレーメタリックの1991年式の1.6L、5速MT仕様の4ドアハードトップ。

2019年4月30日をもって退位され上皇陛下となられましたが、ご在位の間は美智子上皇后陛下(当時は皇后陛下)を助手席に乗せて上皇陛下(当時は天皇陛下)が皇居内でインテグラを運転するお姿が見られたようです。

上皇陛下はこの1991年式のインテグラを四半世紀以上にわたってご愛用されていましたが、2018年のお誕生日で85歳になるのを機に免許更新はなさらないご意向を示されたということ。

そのため長年陛下の人生に寄り添った2代目インテグラが陛下の最後のご愛用のお車、ということになりますね。

タイプRが初めて設定された3代目インテグラ

出典元:https://www.honda.co.jp/news/1993/4930520.html

丸目4灯ヘッドライトの前期モデル

1993年に登場した3代目モデルは、2代目モデルとは大きく印象が異なるフロントマスクとなりました。その象徴ともいえるのが独立した丸目4灯のヘッドライトや個性的な形状のバンパーでしょう。

1991年に登場していた5代目シビックと共通のプラットフォームとなります。

またインテグラの長い歴史の中で唯一となる4WD車が設定されたのもこの3代目でした。バブルが崩壊し、それまでのような勢いが保てないと判断した末の新しい試みだったのではないでしょうか。

搭載された4WDはホンダが独自開発したリアルタイム4WDの2代目にあたるデュアルポンプ式を採用したもので、この3代目インテグラに初めて搭載されました。

マイナーチェンジにより異形ヘッドライトになった後期モデル

3代目モデルは1995年にマイナーチェンジが施されますが、この後期モデルでは当初の丸目4灯ヘッドライトは姿を消し2代目モデルを彷彿とさせる横長のヘッドライトが採用されました。

3代目モデルはバブルが崩壊した後の発売となったこと、そして車のボディタイプの主流がセダンからSUVなどのハッチバックに移行しつつあることもあって2代目ほどの売れ行きとはならなかったため、このマイナーチェンジで人気のあった3代目モデルを感じさせる要素を取り入れらのではないかと思われます。

タイプR(DC2/DB8)登場

出典元:https://www.honda.co.jp/news/1999/4991216a.html

1995年のマイナーチェンジに伴って新たに追加されたのがタイプRです。タイプRはホンダの高性能スポーツモデルの最上級グレードに与えられる名称で、ホンダといえばタイプR 、というイメージが定着している方も多いのではないでしょうか。

近年では2017年にシビック タイプRがニュルブルクリンク北コースのFF市販車最速ラップを記録したことも記憶に新しいですね。

タイプRが初めて設定されたのは初代NSXで1992年のこと。インテグラ タイプRはNSX次いで登場したタイプR第二弾モデルとなります。

タイプRは現在でも非常に人気が高く、中古市場でも高値で取引されている上、あまりの人気に盗難が頻発しているため車両保険が高額になる傾向や場合によってはタイプRの保険を引き受けないということもあるということ。

貴重なタイプRのオーナーは盗難対策に苦慮することになりそうですね。

インテグラSJはシビックフェリオの兄弟モデル

インテグラSJはインテグラの名を冠してはいますが実質的にはインテグラの派生車種的存在で、2代目のシビックフェリオをもとに開発されたモデルです。1996年に登場しました。

バブルが崩壊した直後の時代、バブル期の空前のセダン人気が去りつつある中で登場したこともあり販売は低迷し、2000年のシビックフェリオのフルモデルチェンジの際に一世代限りで姿を消すことになりました。

3ナンバーのクーペモデルとなった4代目インテグラ

プレリュードと統合され3ドアクーペボディのみに

バブル期に「デートカー」として非常に高い人気を博し、トヨタ・セリカや日産・シルビアなどと並んで当時のスペシャリティカーブームの象徴ともいえる存在であったプレリュードは、新しい時代となった2001年に販売終了となります。

4代目インテグラはこのプレリュードと統合され、ボディタイプは3ドアクーペのみとなりました。

プラットフォームは7代目シビックと共有し、インテグラとしては初となる3ナンバーのモデルです。

K20Aエンジン搭載のisとタイプR(DC5)の2グレード構成

出典元:https://www.honda.co.jp/news/2001/4010702-integra.html

4代目のエンジンには2000年に登場したばかりのK20A型2.0L の i-VTECエンジンをチューンナップしたものが採用されました。

標準モデルであるisは160ps、タイプRは220psを発揮。トランスミッションはisに5速ATと5速MT、タイプRは6速MTのみという設定となっています。

マイナーチェンジでタイプS登場、2006年に生産終了

出展元:https://www.honda.co.jp/news/2004/4040916-integra.html

登場から3年後の2004年にはマイナーチェンジが施され、タイプisのグレード名がタイプSに変更されました。

インテグラに限らずですが、タイプR の人気が特に高く盗難が相次いだためイモビライザーが全車標準装備されるようになります。

また、この4代目モデルはアキュラブランドにおいて「RSX」の名称で販売されました。

4代目の登場から5年経ち、かつてのセダン、クーペ人気の時代は去りSUVが車の主流となっていく時代の中でホンダの一時代を築いたインテグラも2006年で販売終了となります。

北米アキュラのRSXも日本国内でのインテグラの生産終了と主に姿を消しました。

登場から21年、多くの人に愛されたインテグラの消滅は自動車業界の変化を実感させる出来事でした。

 
関連記事:ホンダのFFライトウェイトスポーツカー、CR-Xの歴史を振り返る!初代バラスポ、いまだ人気の高いサイバー、オープンルーフのデルソル!

歴代名車カテゴリの最新記事