シリーズ月刊高森は、元横浜ベイスターズの高森勇旗氏がここでしか読めないエピソードについて語る企画です。第6回の今回は、自身も経験した戦力外通告について、当時の心境やトライアウトに至るまでを語っていただきます。
第1回 「プロ野球選手っぽくある」ことも意外と大変。元ベイスターズ高森 勇旗が語る野球×車 秘話
第2回 「買う・乗る・語る」だけが車じゃない。高森勇旗だけが知っている助手席のエピソード
第3回 「一般人は決してプロ野球選手と焼肉に行ってはいけない」元首位打者 鈴木尚典と一晩で7500kcal食べた話
第4回 【投手野手別】こんな選手はプロでも通用する。数字や見た目にだまされない甲子園球児の伸びしろの見つけ方
第5回 野球選手ケガ多すぎw元プロ選手高森「原因は◯◯だ!」
第6回 ドラフト指名、契約、入団会見・・・4位指名の僕しか知らないドラマ【高森勇旗】
第7回 人生初めてのキャンプで思い知らされたプロ野球のスゴさ【高森勇旗】
あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
さて、この連載もネタが尽きてきましたのでこっそりフェードアウトしようかと思っておりましたが、なかなかそう簡単にはいきませんでした。編集部からの直接的ではないが、しかし妙に迫力のあるプレッシャーを感じ、再開することと相成りました。そういうことで、今年もゆる~く続けていきますので、お付き合いのほどどうぞよろしくお願いいたします。
気がつけば!!
キャンプももう終わりそうです。
各球団、オープン戦が始まり調整もいよいよ最終段階というところでしょう。ということで今回は、キャンプに関するお話を書かせていただきます。
一生忘れない、初キャンプでの衝撃
僕の初めてのキャンプは、高校在学中の2007年2月。まだ18歳ですから、子供みたいなもんです。右も左も分からないとはまさにこのこと。まず、チームスタッフの名前が誰一人分からない。選手だけではなく、コーチや道具を用意してくださる裏方のみなさん、グラウンドによく出入りする用具メーカーの方、キャンプに激励に現れるOBの方々など、グラウンドの中にいる人が誰が誰か全く分からない。そのうえ、練習のペース配分も分からなければ、先輩方はみなさんプロですからね、野球のレベルが違いすぎる。毎日の刺激が強すぎて、それだけで疲れていました。
野球のレベルでいうと、僕はキャッチャーで入団したのですが、初日に投手と内野手の連携プレーをしたんです。ほんの15分ほど。そこで、
「俺はここに入ってきてもよかったのだろうか?」
と考えました。
当時2軍守備コーチだった万永コーチ(現1軍守備コーチ)が、キャッチャーゴロを転がしたんです。それを処理したのが齋藤俊雄さん(現オリックス)。トシさんは、それを処理して2塁に投げたのですが、この時の衝撃は一生忘れません。ボールが、見たことのない弾道でセカンドまで飛んでいくわけです。
「あれっ?」
人間は、見たことのないものを見ると、それを受け入れるのに時間がかかります。この時も例外ではなく、頭の中で「今のは嘘だと誰かが言ってくれないだろうか」と必死に考えていました。普通ね、キャッチャーが2塁に投げるボールっていうのは、肩が強いと言っても高校生レベルならたかが知れているんです。プロは違います。本当に、ピッチャーが避けないと当たるんです。そんな弾道でボールが飛んでいくのです。
その直後に投げたのが黒羽根さん。現在も1軍で活躍する捕手ですね。バネさんのボールは、浮き上がるようにセカンドに到達し、今ではサムライジャパンに選出されるほどの選手になった梶谷選手のグローブの上、左手首に直撃しました。今では外野手をやっているものの、プロ野球に指名されるほどの内野手です。高校生レベルなら間違いなく5本の指に入るショート。そんな選手が、38メートルも離れた場所から投げるボールをグローブに当てられないんです。それくらい、非常識な弾道でボールを投げるのが、プロのキャッチャーだということを思い知らされました。
「えっ、ここプロ野球なんだけど」という気まずい空気感
「俺の順番が回ってこないでくれ」
と何度もつぶやきましたが、そんなはずもなく。順番は回ってきます。
一応、普通のボールはいきました。が、そのあとのなんとなく感じる空気。
「あっ、高校生みたいなボール投げてる野球選手がいる」
的な。人よりもそういう情報をキャッチする能力が高いと解釈しておりますから、その気まずさたるや否や、です。
内野ノックをしても、誰一人エラーしません。エラーするのは先述した梶谷選手くらいです。そもそも、エラーすると「えっ、ここプロ野球なんだけど」という空気が出ているように感じます。実際、試合前のノックを見ていてエラーをする選手がいたら、「プロ野球選手でもエラーするんだ」という気持ちになりますね。同じことが、日々の練習の中で起きています。18歳の僕は、つい60日前まで優雅に高校生活を送っていたのに、急に異次元の世界に放り込まれたわけです。
そして、そうこうしているうちに実戦が始まります。
ここが一番のカルチャーショック。これまで一戦必勝でやってきた高校球児にとって、目の前の試合が百何十試合もあるうちの一つとして臨むことは、非常に新鮮でした。高校時代は、力むんですよね、試合前。「これから試合が始まる!」っていう空気を無理やり作るみたいな感じで。プロは、たとえベンチにいても試合が始まったことに気がつかないくらい、いつの間にか始まります。一つの要因として、試合開始前の両チームの挨拶がないことでしょう。開始時間が来ると、守備のチームはそれぞれ守備位置につき、ピッチャーは投球練習を始めます。そして、何球か投げたらプレイボールです。
オープン戦は非常に淡々と進んでいきます。特に勝ち負けは関係ありませんし、レギュラークラスは、自分の成績に関してもほぼ関心がありません。バッターの場合、打席の中でボールがどう見えているか、変化球にどの程度反応できるか、といったそれぞれのチェックするポイントを打席の中で実行するだけです。投手の場合も、特定の球種を投げないことを試合前に宣言して、それが新聞に載るくらいですから、結果よりも自分の状態を上げていくことが優先です。
しかし!若手にとっては毎日が生きるか死ぬかの勝負です。僕も3年目、4年目は一軍キャンプでしたが、毎日、2軍に落ちるんじゃないかという恐怖心との戦いです。どんな形でもいいからヒットを打ちたい。なんでもいいから目立ちたい。毎日必死です。そして、オープン戦が始まる2月20日を過ぎたあたりから、体がバテ始めます。しかし、これから実戦が始まりますから、疲れてなんて入られません。一層気合を入れて試合に臨みます。
そんな中、開幕直前の3月中旬。そろそろ開幕メンバーを決めにかかります。その頃には、2月1日から全力です飛ばしてきた若手にとって、体力はほぼありません。焦りと、疲れと、様々なものが重なり、結果が思うように出ません。一方、最初から開幕に合わせて調整してきているレギュラー組は、ようやく調子が上がってきます。そこで、圧倒的な差を見せつけられる。自信も、体力も、何もかも底をついて、開幕直前で2軍に落ちていくのです。あぁ、無情。
思い出すだけで、あの3月の寒いオープン戦、そしてプレッシャーと最後の2軍行き、いろんな情景が頭に浮かびます。
オープン戦の一つの楽しみ方として、3月の上旬までにやたら調子がいい若手選手の動向をチェックしてみるというのも、新しいかもしれませんね。