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初優勝の夢に向けて!ル・マンを戦ったトヨタ車たち【前編】

2016.09.06

Spa, Belgium - May 7, 2015: Race start of the 2016 Six Hours of Spa of the FIA World Endurance Championship at the Spa-Francorchamps race track. The Porsche 919 Hybrid race cars are leading the Toyota TS050 and Audi R18 LMP1 cars in front of the rest of the field of LMP and LM GTE race cars. The car is driving around the Spa Francorchamps race track during the WEC 6 Hours of Spa-Francorchamps. The team participates in the 2016 FIA World Endurance Championship (WEC).

「I have NO POWER!」

その出来事は、レース終了6分前に起こりました。中嶋一貴選手の悲痛な無線での叫びとともに散った、トヨタのル・マン初優勝の夢。今季は必勝体制で臨んだだけに、とても悔しい結果となってしまったのはご存知のとおりです。

ここではトヨタのル・マン挑戦の歴史を振り返るとともに、ル・マンを走ったレーシングマシンを特集します。来年こそ優勝を目指し、頑張ってもらいたいものです。

トヨタのル・マン挑戦は、エンジンサプライヤーとして始まります。そして車体から製作し本格参戦を開始した「第一期」、GTカーで参戦した「第二期」、現在のWEC(FIA 世界耐久選手権)規定での「第三期」と大きく分けることができます。ここではまず第一期、第二期のトヨタのル・マン参戦マシンについて見ていきましょう。

初挑戦は、エンジンサプライヤーとして

トヨタの製品企画室第七技術部に所属していた加藤眞氏は、退社後にレーシングコンストラクターであるシグマ・オートモーティブ(現在のサードの前身)を設立。ル・マン参戦という、大いなる挑戦に打って出ます。

参戦初年となる1973年はトヨタの許可が下りず、マツダ製のロータリーエンジンを搭載したMC73で参戦しますが、惨敗。その後、1975年には念願だったトヨタ製エンジン獲得に成功します。

MC75

photo by DOME CO.,LTD

MC75と名付けられたそのマシンはMC73を踏襲したもので、カローラ・レビンなどでおなじみの2T-Gにターボを装着して搭載。まずは国内レースで弾みをつけてル・マンに臨む予定でしたが、完走すら難しい状態でした。そしてル・マン本戦。やはり思うようにタイムが伸びず、予選落ちしてしまいます。他チームのボイコットなどがあり、何とか決勝に駒を進めることに成功しますが、スタートから4時間で油圧低下のトラブルが発生。無念のリタイアを喫します。

本格挑戦は、85Cから

80年代、トヨタは国内屈指のレーシングチームであるトムスと手を組み、当時人気のあったレーシングカテゴリー「グループC」に参戦するためのマシンを製作します。これには林みのる氏率いるレーシングコンスタラクター「童夢」も参加、童夢のル・マンでの経験はトヨタのル・マン本格参戦への強力な足がかりとなります。

この童夢とのコラボレーションは1982年に登場した82Cを筆頭に、1985年の85Cというかたちでひとつの実を結びます。この85Cは基本的には全日本耐久選手権を戦うマシンと同じですが、空力面でかなり攻めた設計となっているのが特徴でした。

85C

photo by TOYOTA GAZOO Racing

エンジンは市販の4T-GTをベースに、チューニングが加えられたもの。トヨタは当時、レース専用の大排気量エンジンを持っておらず、苦肉の策で用いられたのがこのエンジンだったのです。

迎えた決勝は、やはり市販ベースのエンジンではトップスピードが足りずに苦戦しますが、完走を目指し走り続けた結果、総合12位でフィニッシュ。参戦初年度で完走と、まずまずの結果を残しました。

空力を大幅に見直した、86C

ル・マン本格参戦2年目となり、さらなる上位進出を目指すべく開発されたマシンが86Cです。これまで通り童夢、トムスとのジョイントで製作されました。

86C

photo by DOME CO.,LTD

84Cから続く、アルミツインチューブモノコック構造のシャシーや4T-GTエンジン、フロントラジエーターといった基本構造は86Cでも継承されており、大国正浩氏のデザインした空力特性に優れたボディをまとっていました。デビュー戦は全日本耐久選手権第2戦・富士1000kmで、トムス陣営はリタイア、童夢のマシンは4位完走を果たします。

そして臨んだル・マン本戦。トヨタはトムスと童夢に1台づつマシンを託します。決勝深夜に、トムスのマシンはエンジントラブルでリタイア。対する童夢は順調に周回を重ね、ル・マンでの経験値の高さを見せます。しかしゴール1時間前というところで力尽き、完走はできませんでした。ここで童夢のチームとしてのル・マン参戦は、一旦ピリオドが打たれます。

体制を強化して臨んだ、トヨタ 87C

1987年、トヨタはル・マン参戦体制を強化。トヨタ・チーム・トムスと名称を変更します。この年に製作された87Cは前年の86Cの正常進化版といえるマシンで、エンジンは3S-GT改にスイッチ。パワーアップを果たしました。

87C

photo by Nic Redhead(CC BY 2.0)

この年のル・マンに、トヨタは2台体制で参戦。予選14位、16位スタートと好位置に着け、決勝も序盤一時5位、6位と力走を見せますが、1台がガス欠、もう一台はオーバーヒートでリタイア。スタートから6時間も経たずに、トヨタのこの年のル・マン挑戦は終わってしまいます。

童夢とのコラボの集大成となった、トヨタ 88C

88C

photo by DOME CO.,LTD

1988年のル・マンに、トヨタは87Cの改良版である88Cで挑みました。全日本選手権参戦途中に行われた軽量化が功を奏し、予選8位、10位と善戦します。決勝は前々年、前年とリタイアを喫しているだけに、慎重に淡々と走り続ける作戦を実行。

シングルフィニッシュを狙いますが、思った通りに事が進まず、完走はしたものの12位、24位と物足りない結果となりました。このマシンを最後に、童夢とトヨタのジョイントは終了します。

TRD製専用エンジンを搭載した、トヨタ 89C

トヨタ 89C

photo by TOYOTA GAZOO Racing

小排気量の市販車ベースエンジンでのル・マン挑戦は、もはや限界に達していました。そこでトヨタは、全日本選手権で先に搭載されたTRDが開発したレース専用エンジンR32Vを88Cの進化版である89Cに搭載。この年のル・マンに出走します。

本戦は89C2台と88C1台の3台体制で挑みましたが、アクシデントやトラブルに見舞われ早々と戦列を去ってしまいました。

89Cをベースに改良された、トヨタ 90C-V

トヨタ 90C-V

photo by TOYOTA GAZOO Racing

1990年のル・マンを目指すべく開発された90C-Vは、熟成された89Cをベースに改良を加えられたマシンです。全日本選手権での活躍を勢いに3台の90C-Vがル・マンへと乗り込みましたが、2台はリタイア。

残りの1台は序盤にマシントラブルが襲いかかるも、最後まで走り切り6位完走を果たし、トヨタとしては初のシングルフィニッシュを達成します。

プロトタイプ新時代へ。トヨタ TS010

1991年はル・マン参戦を見送ったトヨタでしたが、この年スポーツカーレースは大変革を遂げます。F1と同じ、3.5リッター自然吸気エンジンを搭載するマシンで争われることになったのです。これに対応するため、トヨタはTS010を製作。開発はTRDが主導し、デザインは後に日産・R390などを手掛けるトニー・サウスゲートが行いました。

TS010

photo by TOYOTA GAZOO Racing

迎えた1992年のル・マンは、グッドイヤータイヤとのマッチングに苦しみながらも予選用の特殊燃料を使用するなどし、最終的には2位でフィニッシュ。エンジンにクラックが入り、冷却水が漏れながらの、文字通り傷だらけで得た表彰台でした。

熟成の域、トヨタ 92C-V/93C-V

国際的には新規定が定められたものの、全日本選手権では旧規定のままレースが行われていました。92C-Vや93C-Vは旧規定のモデルで、基本的には91C-Vの発展型となります。

91C-V

photo by Morio(CC BY 3.0)

1992年のル・マンを戦った92C-Vの34号車には、エディー・アーバインや1994年のF1サンマリノGPで帰らぬ人となるローランド・ラッツェンバーガーが名を連ねていました。

第一期は少数精鋭といったチーム体制でしたが、年を追うごとに体制を強化し、いよいよトヨタは本格的にル・マン制覇のシミュレーションを始めます。

しかし年々変わるレギュレーション変更に翻弄され、結局トヨタはワークスとしての活動を一時中断することになります。スポーツカーレースはプロトタイプからGTカーの時代へと変化していき、モンスターマシンは活躍の場を失ってしまったのです。

ですが、一度灯された火はそう簡単に消えることはなく、トヨタ優勝の悲願はプライベーターへと託されました。

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文:イキクル編集部


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