走りへのこだわりはBMWに負けず劣らず?!90年代に採用されたホンダのFFミッドシップレイアウトとは?

     
   

出典元:https://www.honda.co.jp/hondafan/meisha/

FFミッドシップは普通のFFとどこが違う?メリットデメリットは?

出典元:ホンダ

直列5気筒/V型6気筒エンジン・ミッションを前輪車軸の後ろに搭載

「究極のFF」とかつてホンダが言い切ったのは直列5気筒エンジンもしくはV型6気筒エンジンとトランスミッションを縦置きにし、デフギヤをエンジン中央よりやや左側に搭載したFFミッドシップでした。

これはドライブシャフトがオイルパンを貫通する独特のスタイル。FFミッドシップの開発当初は普及価格帯の車両でよく使用される軽量な直列4気筒エンジンでの開発も視野に入れられていたようですが、結果として直列5気筒、もしくはV型6気筒エンジンで採用されることになりました。

FFとして理想的な重量配分、回頭性の良さ

クルマの重量配分の理想値はどのような数値でしょうか。ホンダではFF車の重量配分の黄金比はフロント60:リア40だとしています

FFミッドシップはエンジンとミッションを前輪車軸の後ろに搭載することによってこのホンダが理想とするFFの重量配分を達成。

それまでの通常のFF車の弱点でもあったハンドリングなどに変化が生まれ、回頭性の良さが際立つようになったのです。

またクルマは加速、減速を小刻みに繰り返すのでその性質上前後の揺れが大きくなります。FFミッドシップでは縦置きエンジンになっているため、エンジンが左右に振動することによって車の前後の揺れと相殺されることになりエンジン振動が少ないように感じるというメリットもありました。

トラクション不足と室内の狭さ

FFミッドシップのデメリットとして真っ先に挙げられるのはトラクション不足。FFミッドシップでは前輪に荷重がかかりにくく、ある程度の傾斜のある上り坂や雪道などの場合、タイヤが空回りするようなこともあったとか。

またFFではありますがエンジンが横置きではなく縦置きのためトランスミッションが室内側に張り出した状態になっているため、室内空間を犠牲にしているという点もデメリットといえるでしょう。

FR車などと比較すると極端に狭いというわけでは無かったようですが、FF車として考えればやはりちょっと……という状態だったようです。

ホンダはこのFFミッドシップレイアウトを上級サルーンと組み合わせました。上級サルーンには快適な広い室内空間が期待される傾向にあるので余計に室内空間が狭いという印象を与えたのかもしれませんね。

FFミッドシップを採用したホンダ車は?

インスパイア(アコードインスパイア)と兄弟車のビガー

出典元:https://kakaku.com/item/70100220145/

まず最初に登場したのは1989年に発表された初代インスパイア(アコードインスパイア)、そしてその兄弟モデルにあたる3代目のビガーでした。

インスパイアは1985年にホンダのフラッグシップカーとして登場したレジェンドとミドルクラスセダンのアコードの中間にあたるモデルとして誕生したという経緯があります。

この当時日本はバブルの時代。空前の好景気に浮かれていた日本ではトヨタのマークⅡや日産・スカイラインなどのいわゆる「ハイソカー」が飛ぶように売れた「ハイソカーブーム」でした。

その波に乗り遅れた感のあったホンダが満を持してハイソカーに匹敵するモデルとして、インスパイアを送り出したのです。

インスパイアの兄弟車の3代目ビガーは、アコードインスパイアよりもよりスポーティなキャラクターのモデルになっています。

インスパイアは2代目モデルまでFFミッドシップが採用されますが、1998年のフルモデルチェンジにおいてFFミッドシップは廃止されます。

MTモデルも設定されたアスコット/ラファーガ

引用元:ホンダWikipedia

初代インスパイアから始まったFFミッドシップを採用し、1993年に誕生した2代目アスコットと兄弟モデルのラファーガ。ラファーガは日本国内専用モデルとなっています。

初代インスパイアと同じく2.0Lと2.5Lの直列5気筒エンジンを使用し、2.0Lモデルでは5速MTも設定されていました。

バブルが崩壊した後に登場したタイミングの悪さ、またその世相を反映したようなシンプル過ぎてインパクトに欠けたエクステリア、パワートレインやプラットフォームが共通の初代インスパイア/ビガーとの住み分けがうまくいかず登場から4年後の1997年には両モデルともに姿を消すことになります。

V6エンジンを縦置きしたレジェンド/レジェンドクーペ

出典元:ホンダ名車図鑑

FFミッドシップを採用して1990年に登場したこの2代目レジェンドは「スーパーレジェンド」の異名を持つもモデル。同年に発売された2シーターの名スポーツカー、NSXの開発によって培われた新しい技術、評価基準をもとに製作されました。

ニュルブルクリンク北コースでの車両実験を行うなど、ラグジュアリーなフラッグシップモデルにふさわしく衝突安全性などにもこだわり、レジェンドは日本で初めて助手席側エアバッグを搭載したモデルでもあります。

初代インスパイア/ビガーとは違い3.2LのV型6気筒エンジンが使用されました。

FFミッドシップと同様にホンダが初搭載した技術は?

プレリュードの機械式4WS搭載

出典元:ホンダ名車図鑑

1978年、今から40年以上前に登場したプレリュードは日本車で初となる4WS(4輪操舵)のモデルでした。

当時は「デートカー」として若者に人気があり現在ではほぼ死語になった「スペシャルティカー」ブームを体現したモデルで、バブル期の象徴ともいえる存在です。

プレリュードは4WSのみならずサンルーフやABSを日本車で初搭載した車種でもあり、革新的なモデルとして当時非常に高い注目を集めました。

インテグラにVTECエンジン搭載

今ではホンダの代名詞ともいえるVTECエンジンを初搭載したのが1989年に登場した2代目インテグラ。今からちょうど30年前のことになります。今ではその名は失われてしまったインテグラですが、当時は日本で大人気となったのはもちろん、アキュラブランドで売り出された北米でもかなりの人気を誇るモデルでした。

ちなみにこの2代目インテグラの1991年式モデルは平成天皇のプライベートでの愛車としてもよく知られていますね。

NSXにオールアルミ製ボディ採用

出典元:ホンダ名車一覧

ホンダが当時の技術の粋を集めて満を持して発表した世界に通用するスポーツカー、それが1990年に販売開始されたNSXです。

このNSXには世界初となるオールアルミ製の軽量高剛性モノコックボディーが採用されていました。

フェラーリのV8エンジン搭載モデル、フェラーリ・328を超える性能を目指して開発され、テスト走行にはあのアイルトン・セナが参加するなどかなりの気合の入れようでした。ニュルブルクリンク北コースで入念な走行テストを行うため、サーキット近くの村にテスト基地を建設して8ヶ月にも及ぶ走行テストが繰り返されたということ。

当時は日本車で唯一のスーパーカー、ともいわれ現在でも中古車市場では高値で取引されています。

輸出仕様のレジェンドに国産初の6MT採用

FFミッドシップを採用した2代目のレジェンド、通称「スーパーレジェンド」の後期型輸出仕様車には4速AT、5速MTに加えて国産車では初となる6速MT車が設定されました。

こうして改めて見てみるとホンダが初搭載した技術はかなりたくさんありますね。しかもどれも1980年代の終わりごろから1990年代の初頭にかけて登場しています。

この頃日本はバブルという特殊な経済状態の中にあり、クルマが売れる時代でもありました。旺盛な需要があり、それに呼応するようにして次々と新しい技術が開発されていったのでしょう。

現在自動車業界は100年に一度ともいわれる大変革期に差し掛かっているといわれています。IT化(コネクティッド化)、EV化、そして自動化が大きな動きのようですが、次々と新しい技術が登場してクルマ好きをワクワクさせたあの頃のような時代が戻ってくることはあるのでしょうか。

クルマ好きはホンダの次なる手を息を呑んで見守っていることでしょう。

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